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コラム

オーバーホールの際の注油について

2021/09/01

時計の修理で油切れや油の劣化という表現をよく耳にすると思います。
腕時計の部品はネジまで含めると200個以上のパーツで構成されており、それぞれの部品を効率よく動作させるために潤滑油が使われています。
その油にもいろいろな特性があり、用途別にそれぞれ使い分けがされています。
今回はその油について詳しく説明していこうと思います。

油の役割とは?

時計には歯車を中心として多くの部品で動いています。油はその部品同士の摩擦を軽減したり、歯車類の軸の摩耗を防止する役割を持っています。
それぞれのパーツにかかる負荷や摩擦を考慮し、適切な油の種類と量を見極めた上で注油を行う必要があります。どちらも知識と経験を必要とするので技術力のある時計修理技能士がオーバーホールを行うことが大事になってくるのです。

油の種類は?

腕時計に使われる油は大きく分けると4種類あります。それぞれ粘度が異なり、粘り気のある重い油から液体のようにサラサラな軽い油まで種類が分かれます。厳密に言えば他にも種類があり、メーカー独自で使用している油も多数ありますが、ここでは汎用性が高く、業界内で広く使われているスイス製の油を紹介していきます。

・9504

主に部品同士が直接接触する箇所に使用する特殊なグリースです。パーツが動いていない時は半グリース状、動いている時は液状に変化する特性があり、潤滑の性能を長期に持続できる油になります。

香箱や巻き芯、キチ車、ツヅミ車、オシドリと呼ばれるパーツに使用することが多いです。基本的に力の加わるパーツに使われ、時計の動力の元になっている部品でもあるのでしっかりと注油する必要があります。

・9104(HP-1300)

力のかかりやすいパーツにも使え、耐久性も高い合成時計油です。非金属にも使用することができ、-25℃~+100℃の温度下でも安定した効果を発揮します。

機械式時計やクロノグラフ時計を対象とした油のため、時計の輪列や裏回り、クロノグラフモジュール部分等のほとんどのパーツに対応できるくらい高品質な性能になっています。

画像の油は赤色の色素が添加してありますが、同タイプで裏ブタがスケルトンになっている時計に使用する透明な油も存在します。

・9010

今回紹介した油の中では粘度が一番低く、液体に近い合成の油になります。 劣化に対する耐性が高く、ムーブメントの小さな部品ごとの目詰まりを防ぐ特性もあり、長年にわたって時計業界で使われている油です。

また、油がその場にとどまり拡散しにくいという特性もあるので、主に4番車やガンギ車と呼ばれる力のかからない軽めの輪列や脱進機に使用されています。

こちらも画像のタイプは薄い青緑色ですが、9104と同様にスケルトン用の透明な油もあります。

・9415

機械式時計の脱進機用として開発された合成のグリースです。脱進機とアンクルと呼ばれるパーツの潤滑を目的とした油で優れた安定性と潤滑性を備えており、効率的な潤滑膜を形成する特性を持っています。

また、上記で紹介した9504のグリースと同様にパーツが動いていない時は半グリース状、動いている時は液状に変化する特性も持っているため、持続性も高いです。

 

紹介した以外にも時計に使われている油はたくさんあり、成分や粘度は当然異なりますが、基本的にトルクのかかる部品には粘度が重い油を使い、トルクのかからないデリケートな部品には粘度の軽い油を使うということに変わりはありません。

油の注し方

上記で紹介したように油は小さなビンに入っています。オーバーホールを行う際は冒頭の画像のようなオイルカップと呼ばれる工具に少量づつ移し、そこからオイラーと呼ばれる工具を使用して油を注していく形になります。

オイラーは元々は針のような形状をしているのですが、先端に角度を付けて加工を施すことで油の量を調整できるようになっています。

どのくらいの量が適切なのかはムーブメントの状態によって異なるのでその都度、技術者の判断にゆだねられます。
軸にかかる摩擦を考慮し、適切な場所に適切な量で油を注さすことが非常に大事になってきます。
注油は技術者の腕の見せ所と言えるでしょう。

まとめ

油の状態と時計の精度や持続時間は大きく関係してきます。精度が悪くなってきたり持続時間が短くなってきたといった症状が見られた場合は油の劣化が進行しているサインかもしれません。少しでも気になるようであれば修理専門店に相談してみるとよいでしょう。点検程度であれば無料で見てくれる所が多いです。

油は腕時計を正常に動かす上でなくてはならないものですが、年数経過で劣化や油切れしていくものであるということも理解しておきましょう。油切れを起こさないことがパーツの摩耗を防ぎ、時計を長持ちさせることに繋がります。